待の廊下トップページ
不寝板
【過去ログ 301-350】


■ サイト更新のお知らせ [302]
しみずゆりこ Home Mail

不寝板をご覧の皆様、こんばんは。

新疆では先週の今日、クルバン祭が始まりました。ウルムチにいたらきっと恐ろしいほどの羊を食べる羽目になっただろうなと、胸をなで下ろしております。

さて放置すること一ヶ月弱の我がサイトですが、本日更新いたしました。今後も相変わらず亀更新だと思いますが、どうぞ生温かい目で見守っていただければ有り難く存じます。

寒い冬の日、皆様もどうぞお体にはお気をつけて。
From: 2004/02/10 01:33


■ おひさしぶりざます。 [303]
こみたん Home Mail

どもども〜
とっくのとうにお帰りなさいでしたな。
ただいまハガキありがとね〜♪
今度是非あそびましょっ
うちのでぶりんイクミンとも
遊んでやっておくりー♪♪
From: 2004/02/14 23:17

Re:おひさしぶりざます。 [304]
しみずゆりこ Home Mail

おお、これは珍しいお客様が。こちらこそお久です。子羊の学舎にいた頃から早10年。あのこみがもう一児の母かと思うと不思議。でもいいお母さんしてるようで何よりです。

当方はといえば、結局ヒエログリフは未だに読めませんが、代わりにウイグル語なんていうマイナー言語をマスターしました。人生の裏街道を突っ走ってます。てなわけで今度遊びに行くね。
From: 2004/02/15 18:09


■ マッスルはハッスル!×2 [305]
かぷるんばー@忍びのもの Home Mail

ご無沙汰しております。最近帰宅するとばったり寝ているので職場から失礼いたします

表紙のにゃんこはたいちゃんですか!「泰蔵」なんて立派なお名前があったのですね。ああ、立派に大きくなって…今度ぜひとも一緒に遊んでいただきたく希望する次第です。あああ、一緒にごろごろしたい…

ところで、ウイグルの人口統計に出てきた「タタール人」ですが、彼らはもともとどこから移住してきた人たちでしょうか?じつは私の研究対象はタタール人だったので、おや、こんなところにもいるのか、と驚いた次第です。もし何か現地で仕入れてきたネタがございましたら、ご披露いただければ幸いです。
From: 2004/02/20 18:48

便乗質問 [306]
迪瓦那 Home Mail

こんにちは。始めまして。
かぷるんば−様の書き込み内容に便乗して、質問をさせて頂きたいのですが、中国では確か何故新疆在住の「タタール人」と旧ソ連領内の「タタール人」の表記方法が、それぞれ「塔塔爾人」「韃靼人」と違うと思ったのですが、何か理由とかあるのでしょうか?もしどなたかご存知でしたら、御教示下さい。
From: 2004/02/24 00:01

Re:便乗質問 [308]
しみずゆりこ Home Mail

迪瓦那さま、こんばんは。こちらこそ初めまして。お名前に「瓦」が入っているので、何だかご縁を感じる瓦版の主、しみずゆりこです。

さてご質問のタタールの漢語表記について。確かにご指摘のように同じタタール人でも中国領内とロシア領内のタタール人では漢字表記が違っていますが、これは新疆に移住してきたタタール人が1930年代に一民族として認定され、なおかつその時に漢字表記が定められたことによrます。

世界のどこの地域でもそうだったように、20世紀の初めまでは新疆でも明確な民族の区分というものがなかったのですが、1934年、時の権力者である盛世才がソ連の対中央アジア民族分類法を模倣して新疆の諸民族を14に区分。結果、新疆の民族はウイグル、漢、カザフ、モンゴル、回、クルグズ、タジク、満、シボ、ウズベク、ダホール、オロス、タタール、タランチと分けられたのです。(後にタランチはウイグルの中に含められました)

その時ついでに定められたのが各民族の漢語表記。当時、彼らの民族語の自称と漢語による呼称では大きな隔たりがあり、ウイグルは纏頭、クルグズは黒黒子、タタールは脳蓋依とか韃靼など、好きなように呼ばれていました。これを各民族の主意に沿った形で改めようと、1935年、第二回民衆代表大会で各民族の正式な漢語表記が定められ、以後ウイグルは「維吾爾」、クルグズは「柯克爾孜」、そしてタタールは「塔塔爾」と呼ばれるようになったわけです。で、それがそのまま中華人民共和国以後も引き継がれていると。

ただしこれはあくまでも新疆、大きく言えば中国の少数民族としてのタタールを表す表記なので、ロシア領内のタタール人は「韃靼」と呼ばれているのだと思います。だから「塔塔爾」を使うときは「塔塔爾人」とは書かれず、100%「塔塔爾族」と書かれているはずですよ。

このことはブルハンの『新疆五十年』に詳しいのですが、ちょっと読み返してみたら、この会議で漢族は正式に「基太依」と表記されることになったとありちょっとびっくりしました。(「キタイ」=「ヒターイ」は現在では少数民族の漢族に対する蔑称です。陰ではみんな「ハンズゥ」(漢族)とは呼ばずに、あのヒターイがなどと言っているのです)その後、一旦は「中国」と変えられたそうですが、国名と紛らわしいと言うことで再び「基太依」に。「漢族」が正式な表記となるのは解放後のことと言いますから、歴史は面白いものだと思いました。

最後は思い切り脱線してしまいましたが、一応のお答えまでに。またのお越しをお待ちしております。
From: 2004/02/24 23:08

Re:マッスルはハッスル!×2 [307]
しみずゆりこ Home Mail

おお、かぷるんばーさま、こんばんは。お仕事は大変そうですね。そんな大変な中、わざわざの書き込み大変嬉しく思います。(←大変ばっかり)

泰蔵はバカでいやしんぼのくせにとても臆病で人見知りするのですが、泰蔵のブラザー慶次郎君は投げたコルクの栓を加えて持ってきてくれるほどお利口なので、きっとご満足いただけるかと思います。機会があれば是非拙宅にネコ・ツアーにいらしてくださいませ。

さてさてタタール人のこと。新疆のタタール人は19世紀の20年代以後、ロシア領から新疆
に移り住んだ人々だそうです。移住タタール人には主に三つのグループがあって、@19世紀の20〜30年代に土地を失ったヴォルガ河一帯のタタール人小作人が新疆に移り住んだ人々、A1881年の「イリ条約」締結後、清露間の貿易の活発化に伴い、カザンのタタール商人が新疆に来て居を構え、商店を開いた人々、B第一次世界大戦期から1930年代に新疆に移り住んだ人々がいたそうです。この内、Bのグループがもっとも数が多く、帝政ロシアの圧政からの逃亡、10月革命以後、迫害を恐れての移住などがその原因であったそうです。

上のAの時期には商人以外にも教育者、宗教人なども来て、新疆で学校を開くなどの活動を行っており、ウイグル人の近代的な学校教育にタタール人が与えた影響は小さなものではなかったといわれています。帝政ロシア下のタタール、中国支配下のウイグル。境遇的に似たところがありますよね。30年代の新聞にもちらほらタタール人の活動が見られるので、個人的には結構関心を持っています。

何しろタタール人は数が少ないものですから、残念ながら滞在中に「生タタール人」に遭遇する機会はなかったのですが、機会があればまた調べてみようと思います。かぷるんばーさまも是非無知蒙昧な瓦版屋めにタタールに関する知識を教えていただければ幸いです。
From: 2004/02/24 23:05

便乗質問の便乗質問 [316]
gw Home Mail

星水堂堂主様 はじめまして。
私は昨年テレビ番組から新疆に興味を以って以来、星水堂さんのサイトは楽しく見させていただいております、(といってもまだ全部制覇していないのですが。)単なる一般人です。
さて、タタール人について私も便乗させていただきます。
タタール人がヴォルガ河いったいから移り住んだと聞いてへぇーと思いました。18Cによく似た話がございましたね。1770年のトルグートモンゴル族の帰還でございます。
また、タランチとウイグルがはじめは違う民族と扱われていたという話にも驚きました。タランチは準部平定後、清朝によって南新疆から強制移住させられた人々と金子民雄先生の本では知っておりましたが。
ブルハン氏その人もロシアのアクスとかいう土地の出身で自称ウイグル人で実はタタール人説もあるといわれますが本当はどうなのでしょうか?

さて、現在のタタール族ですが、ロシア連邦内でプーチン大統領と渡り合ってなんとか「自治」の道を模索している、シャイミエフ首相率いるタタルスタン共和国は新疆の将来を見据える為の何らかのベンチマークとはなり得ないか、と自分は思っております。(なんちゃって、えらそーに)
独り言を聞いていただきありがとうございました。失礼しました。
From: 2004/03/06 22:46

便乗質問への回答でない回答 [317]
しみずゆりこ Home Mail

迪瓦那さま、こんばんは。堂主(何だか教祖様みたいですごい感じです)だなんてそんなたいそうなものではありませんが、こんなあばらサイトに足をお運びいただき、大変嬉しく思います。

一般人とご謙遜なさいますが、タタール人のこと、とても詳しくていらっしゃるのですね。塔塔爾と韃靼の違いなど、気を付けて(しかも中文)を読まなければ気がつきませんから。1934年に盛世才が定めた民族区分では天山北部に住むタランチは一民族として認定されました。ただ後に、確か人民共和国成立後だったと思いますが、元はといえば同じ人たちじゃないかとウイグルに含められてしまったようですね。

もっともその激動の時代を生き、今なおご存命の長老達の話を聞くと、当時、下々のものは「ウイグル」とか「タランチ」なんて言葉は知らなかった。民族(そういう概念すらなかったと思いますが)を強いて言えば「テュルク」(トルコ系の人々)と考えていたと。我々も百年前には「日本人」という民族意識を持っている人などほとんどいなかったと思いますが、そう言う意味では「ウイグル」も同じなわけで。それを考えると民族っていったい何なんだろうと思ってしまいます。

> シャイミエフ首相率いるタタルスタン共和国は新疆の将来を見据える為の何らかのベンチマークとはなり得ないか、と自分は思っております。(なんちゃって、えらそーに)

うーん、正直言ってそれは難しいのではないかと思います。まず新疆はウイグル自治区といっても、すでにウイグルは半数を切っていますし、更に自治区の下に別の少数民族による自治県、自治州なども存在しているため、かなりフクザツです。それからタタール人と違って、ウイグル人全体を引っ張っていけるようなリーダーがいない、というか中央と渡り合って自治の道を模索するような危険思想を持つ人は最初から要職に付けないお国柄ですから。むしろブタバコで済んだらラッキーというぐらい。

それと正直、ウイグル人自体にあまり団結心がない。未だにオアシス社会の名残のトルファン人、コムル人、アトシュ人、カシュガル人という意識は強いのですが、それだけに他の地域のウイグル人とはあまり仲がよくない。もちろん対漢族という構図ではウイグル人を強く意識するのですが、日常生活では同じ地域の人としかつき合わない人も結構いるようです。一致団結して自治要求を!という意識に到達するには、まだものすごく時間がかかりそうな感じです。

・・・と気がつけば知ったかぶりをしてしまいました。上記は超個人的な意見ですので、お聞き流しいただければ幸いです。またこれに懲りずに炒らしてくださると嬉しいです。

追記:うろ覚えですが、ブルハンは確かにタタール人だったと思いますよ。ソースを探し当てたらまたお知らせします。
From: 2004/03/06 23:59

gwさまへ [319]
しみずゆりこ Home Mail

すみません。昨日は準備でばたばたしていて、読解力のない頭の悪い人になっており(いつもそうですが)、書き込みいただいたのが迪瓦那さまの質問に便乗なさったgwさまだということを理解できずにおりました。今朝読み直してみて、昨日の自分の頭の悪さに赤面です。

迪瓦那さま、gwさま、どうもすみませんでした。(今更ですが、gwさま。はじめましてようこそいらっしゃいました)こんなアホな管理人ですが、こりずにまたいらしてくださると嬉しいです。

とりいそぎお詫びまでに。
From: 2004/03/07 06:49


■ サイト移転のお知らせ [309]
しみずゆりこ Home Mail

眠れぬ夜を過ごされている皆様、こんばんは。瓦版屋こと、しみずゆりこです。

こちらに直接いらっしゃっている方はそう多くないはずで、大半のお客様はすでにご存じかと思いますが、新疆瓦版は3月1日をもって移転いたしました。

新疆瓦版を立ち上げたときは一年間の期間限定衛星サイトのつもりだったので、フリースペースでいいやと思っていたのですが、何がどうなるかわからないものですね。

当分はお引っ越しの予定はなく、今後は新疆瓦版が私のメインのサイトになります。しみずゆりこ本人による非公式サイト新疆瓦版を、今後も一つよろしくお願いできれば幸いです。
From: 2004/03/02 01:00

たれかある、蕎麦をもて! [311]
右筆かぷるんばー Home Mail

祝!移転でございます。葦の原中つ国へご帰還なされたせいか、ヴィヴィットなお色から柔らかい早春を思わせる印象を受けました。ネグレクト状態の当サイトからのリンクも早速新しくさせていただきました。これからもどうぞよろしくお引き回しのほど、お願いする次第です。

在新疆タタール人についての詳細な情報、ありがとうございました。清水さまもご存じかとは思いますが、(3)の時期には日本へもタタール人がやってきていたのです。ずいぶんと遠いところまではるばるよく来たもんだな〜と思っていたのですが、新疆にもちゃんと中継地点になるタタール人コミュニティがあったのですね。ふーむ納得。在日本タタール人が東京ジャーミーを設立したり、満州国でひそかに活躍したりなんていう大変興味深い話もごろごろしておりますので、またの機会に是非とも語りましょう。
↑このネタは「めやす箱」のほうがよかったかもしれませんね。いぇ、いつもかなりどーでもいいことしか書き込んでいないので、いつの間にやら敷居が高くなっていたようです、はい。これを機に、真面目な事も考えるようにいたしマスです。
From: 2004/03/04 00:26

Re:たれかある、蕎麦をもて! [313]
しみずゆりこ Home Mail

おお、かぷるんばーさま、これはようこそいらっしゃいました。こちらから移転のお知らせにはせ参じようかと思っていたのですが、わざわざのお越し、痛み入ります。(実はアジアの基準って・・・?と考えたあげく、思いつかずに今まで来てしまっていたのです)

実は(3)の時期、特に1930年代の後半にはウイグル人も日本に来ていたようです。東トルキスタン共和国とその後のカシュガルにおいて指導的な立場にあった人々の回想録が日本の、しかも代々木で発行されていたりしますから、東京ジャーミーとも浅からぬつながりがあったということなのでしょう。その後、ウイグル人たちは中国に帰ったり、トルコに行き着いたりしたようですが、タタール人はどうなったのでしょう。この話題は緑色のお茶どころに出向いてお話しした方がよろしいでしょうか?

書き込みはめやす箱でも不寝板でもどちらでも結構です。最近何だか字の大小ぐらいしか変わりがなくなってきたので(笑)。今度はそちらにお邪魔しますので、どうぞよろしくお願いいたします。
From: 2004/03/04 21:23


■ ハッスル [310]
爆炒羊肚 Home Mail

ハッスル・・・。
 確かに某プロレス団体の流行り言葉ですね!
 この掲示板でプロレスネタとは正直意外でした。日本に長らくいないと色々変るもんすね。
From: 2004/03/03 23:02

Re:ハッスル [312]
しみずゆりこ Home Mail

爆炒羊肚さま、こんばんは。こちらにも書き込み、どうもありがとうございます。

そうですね、私はどちらかというとプロレス選手のショーアップのための体より、鍛え抜いたボクシング選手の肉体の方が好きだったりします。引き締まった背筋とか、割れた腹筋とか、盛り上がったふくらはぎをみるとうっとりです。

・・・え、そういう話ではない?それは失礼いたしました。またのお越しをお待ちしております。
From: 2004/03/04 21:20


■ 恐る恐る失礼致します [314]
プチデビルンの姉 Home Mail

大変大変ご無沙汰しております。
職場より失礼させていただく、プチデビルンの姉でございます。
移転のお祝いに遅まきながらご挨拶に参りました。
・・・・ちょっとだけマッスルがハッスルした広告も見てみたかったような気がするのですが。。

トップページの写真、素敵です。
写真を全部見たさに、行ったり来たりしてしまったことは、お心の内に秘めていただければと存じます。
個人的には、本屋(だと思ったのですが)のおじさんのものが好きです。
何だか、不思議な本も売っていそうですね・・・。

ところで、友人から聞いたのですが、あの『ナルニア国物語』をディズニーが映画化するらしいのですが。。。
本当なのでしょうか。だとしたら、すっごくすっごく楽しみです。(思わず童のような口調に)

新疆に全く関係のないお話でご無礼つかまつりました。
またお邪魔させていただきますので、その際はどうぞ宜しく御願い致します。
From: 2004/03/05 15:49

Re:恐る恐る失礼致します [315]
しみずゆりこ Home Mail

プチデビルンの姐さま、お忙しいところ、こんなむさ苦しいところへようこそおいで下さいました。新しい(でもないですね)職場はいかがですか?

トップページの写真をお褒めいただき、どうもありがとうございます。あんな駄写真でよければ、どうぞ好きなだけ行ったり来たりして下さい。写真のほとんどはカシュガルで、一部トルファンが混じってます。くだんの本屋さんもヘイトガーフ・モスクの脇にある(あった)のですが、本の他にアッラーの御名の入ったありがたい石、謎の樹木から作られた歯ブラシ、なぜかチベットのアクセサリーなども置いてありました。

> 『ナルニア国物語』をディズニーが映画化

え、本当ですか。それは実写?それともアニメ??ロード・オブ・ザ・リングの成功を見ると実写化も夢ではないような気もしますが、ディズニーだけにアニメ化でしょうか?ディズニーといえば、「美女と野獣」で最後に野獣がマッチョであごの割れた王子様に変身したのをみて卒倒しそうになった覚えがあります。あれがメリケン人の理想のプリンスなのかと。以来、ディズニー映画は苦手なのですが、ピーターのアゴが割れていた日には、ディズニーに火を付けに行ってしまうかもしれません。

「ライオンと魔女」とか「朝開き丸東の海へ」を素敵に実写化してくれたら言うことないのですけれど。いずれにしてもドキドキしつつ、続報をお待ちしております。
From: 2004/03/06 01:32

ナルニア情報その2 [324]
プチデビルンの姉 Home Mail

しみずさま、こんにちは。
最近、家のパソコンを起動させず、職場で全てコトを済ませようとしている、プチデビルンの姉でございます。

職場についてですが、課長が2人おりますが、熱烈ボケと強烈ツッコミの漫才コンビを、無意識のうちに組んでいるようです。
まあ、可もなく不可もなく、というところでしょうか。普通の職場です。

> 本の他にアッラーの御名の入ったありがたい石、謎の樹木から作られた歯ブラシ、なぜかチベットのアクセサリーなども置いてありました。

何故チベット?
ああ、でも、カシュガルを訪問した際は、その本屋さんで歯ブラシと、そのチベットのアクセサリーを購入希望です。
ありがたい石は・・・・・別に・・・・。

ところで、肝心のナルニアの件ですが、どうやら実写のようです。第一弾は「ライオンと魔女」。ホームページのところに、関係する記事へのリンクを貼っておきます。論文や発表で心が荒まれたときになど、ご高覧いただければ幸いです。
ディズニーの描く美男美女には、わたくしもいつもいつも裏切られてまいりました。「プリンス」の持つ繊細な響きを土足で粉砕するようなマッチョな王子様たち。・・・あんなの、王子様じゃないやい。
ナルニアが実写のようで、自然と胸を撫で下ろす次第です。

では、これにて失礼致します。
そろそろ仕事に戻らねば(すっかり給料ドロボー)。
From: 2004/03/10 09:24

Re:ナルニア情報その2 [325]
天国荘主人 Home Mail

みなさん。こんにちは。大学の講義ではじめて「ナルニア」にふれ邦訳原書を入手してしまった過去を持つ天国荘主人です。ナルニアンぶりはそれほどはなはだしくはないのですが一時期蔵書票にはCome further up! Come further in !(tr.「もっと高く、もっと億へ!」)と入れていました。C.S.Lewisとの出会いは倫理学学の講義で「喜びのおとずれ」という彼の信仰告白の本を読んで以来ですから、些か正しくない方向からナルニアとの出会いを果たしてしまったことになりますね。

ディズニーで実写版ですか。

実はナルニア国物語はBBCでドラマになっています。そちらはご覧になりましたか?私はシドニー滞在中にABCショップ(豪州放送協会のアンテナショップ)で見かけて、買ったものかどうか一瞬悩んだのですが、PAL対応のビデオデッキがないので見合わせたままになってました。

ディズニー版は、合衆国資本ではあっても製作は基本的に英国系の方にやってもらいたいものですね。トールキンのあの名作は一度アニメで大失敗し、ニュージーランドのよい作り手を得たからああいう評価を受けるに至ったのだと聞いています。トールキンとも交友関係のあった、同時代の教授仲間(町違うけど)の手になる名作がハリウッド風に仕立てられるのだけはご勘弁、といったところです。今のところ私は不安65%期待35%でございます。

長々と失礼しました。
天国荘主人@来週早々クローゼットの外套を抜けたらそこはベルリンの街灯・・・だったらいいな。
From: 2004/03/11 09:56

Re:ナルニア情報その2 [327]
しみずゆりこ Home Mail

> プチデビルンの姐さま

こんばんは。留守中の書き込み、どうもありがとうございました。職場、何だか楽しそうでいいですね。ボケとツッコミがコンビでいる職場ってステキ。ボケだけがいたり、ツッコミだけがいたりすると処理に困るので、二人で世界を閉じていてくれるといい感じです。

早速ナルニア映画化のホームページを拝見させていただきました。 ピーター・ジャクソン監督による「ロード・オブ・ザ・リング」3部作で特殊技術を丸ごと手がけたウェリントンの「WETAワークショップ」が担当するとのことですが、いっそピーター・ジャクソン監督に作って欲しいと思うのは私だけではないはず!?ニコール・キッドマンの白い魔女は非常にはまり役になりそうですけれど。

> 「プリンス」の持つ繊細な響きを土足で粉砕するようなマッチョな王子様たち。

やっぱりアメリカにはプリンスがいなかったから、世の乙女達がプリンスに対してどのようなあこがれを抱いているのかが理解できないのでしょうね。アゴが割れていたり、胸毛が生えていたりするプリンスは本当にゴメンです。

またほどほどに働いて、疲れた時、ご来訪いただければ幸いです。ではでは。

> 天国荘主人様

こんばんは。これまた留守中の書き込み、rehmet sizgeでございます。

ナルニア国物語は小学生の頃、ハードカバーで全部そろえ、未だに本棚の一番いい位置を占めているほど好きなのです。イラストにもすべて色が塗ってあったりして、決して人様にはお見せできないのですが、私の宝物になっています。

BBCのドラマは見ていないです。噂だけは聞いたことはありますが、出来が怖くて。指輪物語にしろ、ナルニア国物語にしろ、ただのハッピーエンドではなく、どこか終末へ向かう哀しさのようなものがあると思うのですが(最後の戦いではいつの間にか皆、あっちの世界の住人になってしまってますし)、その辺の世界観をハリウッドがうまく表現してくれるか。期待半分、不安半分でございます。

どこでもクローゼットをお使いになったかは定かではありませんが、今頃は雪降りしきる街灯の下でしょうか?(雪は降っていないと思いますが・・・)無事のお帰りをお待ちしていますね。ではでは。
From: 2004/03/16 21:45

Re:ナルニア情報その2 [329]
天国荘主人 Home Mail

どこでもクロ−ゼットが使えるはずも無く、10時間以上に及ぶフライトで無事街頭の下にたどり着きました。ここは欧州なのでしょうが、気分としてはウルムチの近所を再訪しているといったところです。早々会ったのもご承知の通りM先生のお嬢さんだったし。ドイツって人間が全然垢抜けていませんね。日本人同様に隙だらけなところがあって、「なんちゃって」という冗談が通用する(というかあちらが「なんちゃって」ばかり)そこが親しみやすさを感じさせます。オタク文化が色濃い(一説ではこの国のオタクは日本語でコミュニケーションする慣わしになっているとか)のもまあ当然かなあと実感した次第でございます。では。
From: 2004/03/17 09:26

Re:ナルニア情報その2 [330]
しみずゆりこ Home Mail

「なんちゃって」って英語orウイグル語で何て言うのだろうとしばし考えてしまいました。そして結局分かりませんでした。

オタクも難しいですよね。maniaとはまた違う感じですし。そのまま英語でOTAKUと訳された(?)のが分かるような気がします。

ドイツでは是非是非ビールとソーセージを楽しんできてくださいませ。
From: 2004/03/18 18:44


■ サイト更新のお知らせ [318]
しみずゆりこ Home Mail

眠れぬ夜をお過ごしの皆様、こんばんは。私、持っていく予定だったスーツケースに発見したカビと同じぐらい青ざめているしみずこと管理人です。

いきなりの前ふりとなりましたが、明日から台湾に行って参ります。実は台湾へは大学時代にも一度行ったのですが、その時は鼎泰豊とか高雄牛乳大王とか飲み食いした記憶しかないので、今回はきちんと台湾の文化に触れてきたいと思っております。

その間、不寝板は無礼講でお願いいたします。帰ってきてから問答無用でデリートなんて無体なことはいたしませんから、ご自由にどうぞ。では行って参ります。
From: 2004/03/07 00:01

Re:サイト更新のお知らせ [320]
しみずゆりこ Home Mail

幸い、今日の天気は晴れでした。
では皆様、行って参ります。
From: 2004/03/07 06:51


■ タタール語の本 [321]
迪瓦那 Home Mail

こんばんは。
管理人様のお言葉に甘えて、再度書き込みをさせて頂きます。

私は某大学学部四回生で東洋史を専攻している者なのですけれど、昨年の夏、日本人ムスリムの先輩に戦前日本で(1935年)発行されたタタール語ハディース集注釈を頂きました。何でも、神戸モスクの掃除をしていた際に「在庫処分」があって譲り受けて来たとのこと。表紙を見れば、「イデル・ウラル・テュルク・タタール・ムスリム宗教民族出版所より出版」という記述が。内容から見て、どうやら宗教教科書のようです。えらいものを頂いてしまったなぁと思いながら、ぼつぼつ関連記事(小村氏の著作・外務省関連の刊行物・当時のイスラーム関連書籍等)などを調べております。

もしこのようなことに興味をお持ちの方で、何かご存知の方がいらっしゃったら、御教示頂ければ幸いです。

このことに関して



From: 2004/03/07 21:35

hatam [322]
迪瓦那 Home Mail

最後の「この事に関して」は無視して下さい。
打ち間違えです。済みません。
From: 2004/03/07 21:41

Re:タタール語の本 [323]
麗しの丹波鶏 Home Mail

はじめまして!

>私は某大学学部四回生で東洋史を専攻している者なのですけれど、昨年の夏、日本人ムスリムの先輩に戦前日本で(1935年)発行されたタタール語ハディース集注釈を頂きました。

 素晴らしい資料ですね! 羨ましい限り。
 私は中国ムスリムについて勉強している院
生ですが、日本イスラームや日本人ムスリム
についても関心があります。

>ぼつぼつ関連記事(小村氏の著作・外務省関連の刊行物・当時のイスラーム関連書籍等)などを調べております。

 お恥ずかしいことに、私は本業が忙しく、未見です。が、後日調べてみまーす。

 燃える丹波鶏
From: 2004/03/09 21:56

Re:タタール語の本 [326]
しみずゆりこ Home Mail

迪瓦那さま、こんばんは。再度のご訪問、どうもありがとうございます。1935年に日本で出版されたタタール語のハディースを入手なさったとのこと。私も1930年代に日本で出版されたウイグル語(?)の回想録を持っているのですが、その時期、日本の国策も関連してか、中央アジアのムスリムと日本は浅からぬつながりがあったように思います。

1930年代の日本におけるムスリムの活動については私自身関心があるものの、まだ詳細に調べたわけではなく何かを言える段階にないのですが、こちらの不寝板の常連様でもあるかぷるんばー様がタタールにお詳しいとのこと。かぷるんばーさまは非常に博学でいらっしゃる上、とても素敵なおねーさまですので、何か示唆を与えてくださるのではないかと思います。

かぷるんばー様の「かめの間」は当サイトのリンク集にもありますが、一応こちらにも記しておきますね。
http://www001.upp.so-net.ne.jp/kaplumbaga/

また何か分かりましたら、私にもご教授いただけたら嬉しく思います。ではまたのお越しをお待ちしつつ。

追記:麗しの丹波鶏さま、レス、どうもありがとうございました。
From: 2004/03/16 21:43


■ Taiwan yakhshi iken! [328]
しみずゆりこ Home Mail

不寝板の皆様、こんばんは。しばらくご無沙汰しておりましたが、管理人、無事日本に戻って参りました。

そして台湾、よかったです。まず食事がおいしい!お高めの所ももちろんそうですが、何気なく入った喫茶店でもレベルが高いのです。チーズケーキを頼むと、タルト生地に濃厚なチーズ、中には洋酒漬けのレーズンが入っていたりして。上にドラゴンとかが載った胸焼けするバターケーキをうまいと思ってる新疆人に食べさせてあげたいです。あ、鼎泰豊の小籠包は本当においしかったです。ごちそうしてくださった師匠、この場を借りて御礼申し上げます。(絶対見ていらっしゃらないと思うから言うのですが)

そして中華民国国民は非常に愛想がいい。どこかの国の人民みたいに初対面の外国人に「あ″ー?」とか言わないんですよ、これが。何よりも台湾のトイレはきれいだ!空港は言うに及ばず、町のレストラン、文書館等々、どこのトイレも非常に清潔で紙も完備されており、「げっ」というトイレに出くわすことがありませんでした。かなり感動です。

台湾では写真なども撮ってきたので、また機会があれば皆さんにも台湾のすばらしさ(compare with新疆)をお伝えできればと思います。下らない書き込みになってしまいましたが、とりあえずの帰朝報告までに。
From: 2004/03/17 00:15

Re:Taiwan yakhshi iken! [336]
gw Home Mail

星水堂様、お帰りなさいませ。御研究も進まれているものと拝察いたします。
台湾は大変なことになっているようですね。混乱状態が何とか治まってほしいものです。台湾といえばすっかり台湾人になられてしまった、売(ゴホッ)消(ゴホッ)さん。香港へ入国されたようですがお噂は聞かれるのでしょうか。5、6年前ニュースで見たときは「太ったな」という感じでした。
もうやっぱり過去の人なのですかね。
ところで、「文芸春秋のオピニオン雑誌」4月号の29ページぐらいからなんですが「王震将軍」のことが載っておりました。「新疆解放」の立役者とかで名前だけは知っていたのですがまさか日本とのかかわりがあれだけ大きいとは恥ずかしながら全然知りませんでした。自分はうすうす「新疆史」の向こうに「日本史」が見えるんじゃないかってことを思っているんですが、ますますその思いは大きくなりました。
それでは、失礼致しました。
From: 2004/03/23 22:36

Re:Taiwan yakhshi iken! [340]
しみずゆりこ Home Mail

gwさま、こんばんは。再度のご来訪を歓迎するとともに、レスが遅くなってしまったことをお詫び申し上げます。(星水堂様なんてご大層な・・・しみずでいいですよ)

台湾は総統選の前に帰ってきたのですが、ついこの間まで行っていた所だけにニュースを見てびっくりいたしました。滞在中は旗をはためかせて歩く市民がいたり、弁当を配っている国民党がいたり、町が選挙ムードにあふれていました。やはり選挙結果が国の行く末に大きく関わっているだけに、緊張感のようなものがあるのですね。

売(ゴホッ)消(ゴホッ)氏に関しては存じ上げませんが、ジェノサイダー盛(ゲフッ)才及びその子孫が台湾のあるコンビニの経営をしていると聞きました。子孫の方は盛とは名乗っていないので、台湾の皆さんはよく知らないということでしたが。

ご指摘のように日本と新疆の関わりということに関しては私自身も浅からぬものだったのではないかと思っています。1930年代に日本に来たウイグル人も結構多いのですが、今後、彼らの活動に関しても調べてみたいんですよね。

国民党の独裁から台湾人民を「解放」する赤の軍隊が台湾を強襲しないことを祈りつつ。ではまたのお越しをお待ちしております。
From: 2004/04/01 23:49

Re:Taiwan yakhshi iken! [342]
天国荘主人@某独立行政法人 Home Mail

>ジェノサイダー盛(ゲフッ)才及びその子孫が台湾のあるコンビニの経営をしている

再三にわたり横レス失礼。
「及び」はないだろうと思ったり。
ファミマのエプロンつけてレジたたいている盛ちゃんの姿を想像してしまいました。
From: 2004/04/02 13:24

Re:Taiwan yakhshi iken! [343]
しみずゆりこ Home Mail

あ、すみません。子孫の方には何の罪もないです。不名誉な称号は盛世(ゴホゴホ)だけにかけたつもりでした。日本語は難しいですね。
From: 2004/04/04 01:14

Re:Taiwan yakhshi iken! [346]
天国荘主人@自動車修理工 Home Mail

> 不名誉な称号は盛世(ゴホゴホ)だけにかけたつもりでした。日本語は難しいですね。
いまさら気づきましたが、何か話がかみ合ってないような。
From: 2004/04/14 14:12

Re:Taiwan yakhshi iken! [347]
しみずゆりこ Home Mail

qestenにかみ合わせを悪くしてみたのですが。
From: 2004/04/28 23:15

Re:Taiwan yakhshi iken! [355]
gw Home Mail

しみずさま。
遅レス失礼します。
売消氏つまりはウルケシ氏は6.4運動15周年の本日のなんと朝日新聞にインタビューされていました。
今は台湾の政治評論家で民進党批判派だそうです。
From: 2004/06/04 22:23


■ ショーロンポーの謎。 [332]
しみずゆりこ Home Mail

不寝板をご覧の皆様、こんばんは。今日、テレビを見ていたら、台湾総統選のインタビューを鼎泰豊でやっていました。番組によれば、鼎泰豊はあのニューヨーク・タイムス紙が世界10大レストランに選んだ超有名店であるとのこと。「ほほう」と思って調べてみたら、93年のことなんですね。鼎泰豊の公式サイトにもその事が書いてあるのですが、米紙ニューヨーク・タイムズに「世界10大レストラン」の1つとして掲載された(注:93年)とか、米紙ニューヨーク・タイムズに「世界10大レストラン」の1つとして掲載されたことがあるとか書いた方がいいんじゃないかと、謙虚さをを重んじる大和の民は思ってしまいました。いえ、すごくおいしかったのですけれども。

ところで中国語を学び始めた頃から気になって仕方なく、また今日改めて疑問に思ったことがあります。それはなぜ日本では「小籠包」を「しょうろんぽう」と読むのかということです。

昔はこれは中国語読みなのだろうと思っていたのですが、実際には北京語なら「xiaolongbao」(シャオロンパオ)としか読めません。もしかしたら上海語、あるいは広東語なのかと思ってちょっと調べてみたのですが、どうも違うらしい。むしろ日本語読みの方が近い印象ですが、でも日本語なら籠は「ろう」としか読めない訳で。

どうして中国語に従って「シャオロンパオ」或いは日本語風に「しょうろうほう」としなかったのか。どうして「しょうロンぽう」という日本語と中国語が入り交じった謎の読み方になったのか。誰が、そしていつから??まるで毛沢東を「マオたくとう」とか「もうたくトン」とか呼ぶような中途半端さがものすごく気になります。どなたか「しょうロンぽう」なる言葉の来歴をご存じの方がいらっしゃいましたら、ご教示いただければありがたく存じます。

前置きが長くなりましたが、本日サイトを更新いたしました。たいした更新ではなく恐縮ですが、一応ご報告までに。
From: 2004/03/18 18:49

Re:ショーロンポーの謎。 [334]
天国荘主人 Home Mail

こんばんわ。時差ボケで現地時間朝の2時に目が覚めあんまり暇なのでネットに来ているダメ人間です(まあ滅多に無い特殊な状況であることに免じご海容下さい。あと数日ですし)。
ショーロンポーですがいわゆる「兵隊官話(漢和)」という起源が考えられるかもしれませんね。岩波新書(赤)に『中国語(教育?)50年』だったかな?そういう本があって、戦前の日本兵が使った「漢語」(ペケとかポコペンとかメシメシ)について章が割かれていたような気がします。一読をお勧めしますよ。

もうひとつの可能性はマージャン漢語起源かも。このへんの法則については森田和義さんの「六ヶ国語マージャン」の造語法あたりにヒントがあるかもしれませんからそちらをお調べ下さい(ドヤッテ?)。

すいません。以上馬鹿話です。
From: 2004/03/20 12:39

Re:ショーロンポーの謎。 [338]
しみずゆりこ Home Mail

天国荘主人様、こんばんは。ショーロンポーについて少し調べてみたところ(と申し上げてもネットでですから信憑性には疑問が残りますが)、小籠包は、黄明賢という人物が1871年に上海郊外の南翔で開いた南翔大饅頭という店が起源で、日本で初めてメニューとして出したのは、芝大門で1974年から営業している新亜飯店だそうです。もっとも現在のように一般的になったのは、ここ十年の話しだそうですが。

上記の説が本当だとすれば、料理も言葉も比較的新しい時代に日本に入ってきたと考えられるので、兵隊官話である可能性は低いかもしれません。実は某K先生に同じ質問をしたところ、「普通話(北京語)の-ao[アオ]は上海語の[オー]に対応することが多いから,上海語の発音がそのままカタカナ表記された可能性があります.それに加うるに日本音も同じだから,日本人に簡単に受け入れられたのかも知れません.」とのお返事をいただきました。(思いつきで聞いたことに非常に詳しいお返事をいただき、何だか申し訳ない気持ちで一杯になったのですが)

ただ上海関係のページ(中文)を調べてみたところ、今度は"shaolongbow"という書き方をしているところがいくつかあり、また微妙に「ショーロンポー」とは違うような気もします。いずれにしてもこの料理と言葉がいつ、そして誰によって始められたかということを知らねば、問題が解決できないのでしょう。

そんなに真剣になる問題でもないような気もしますが、またひきつづき調べてみたいと思ってます。
From: 2004/04/01 23:27


■ 我が輩は中国人? [333]
葱爆羊肉 Home Mail

 中国へ行く回数が増えるにつれ言動が中国人化してきたようです。私は毎回某大学留学生宿舎にチェックインするのですが、滞在してから数日経過しているのに、ガードマンに「あんた、何しに来たんだ!」と詰問されます。飛行機の機内でもCAに決まって中国語で話しかけられます。中国の友人にはある席で「あっこにお前の台湾同胞も来てるぜ!」といわれる始末。日本で購入した服(実は中国製も多いけれど)を着ているのに(涙)
 あちらがこっちを中国人だと思い込んでいるので、最近では中国人として振る舞うようになってしまいました。
From: 2004/03/18 20:39

Re:我が輩は中国人? [337]
しみずゆりこ Home Mail

葱爆羊肉様、こんばんは。いえ、私は逆に、常に日本人の自覚と誇りを忘れずに行動しているつもりなので、どうして人民に間違えられるのか不思議でたまらないのです。私が初対面の人に向かって「あ゛ー?」とすごむような人間に見えるとでも言うのでしょうか彼らは。謎です。もっともこれが日本人顔という定義もないので、アジア人の中で互いの区別は難しいのかもしれませんが。
From: 2004/04/01 23:22


■ 台湾人も結局は人民なんでしょうね・・・ [335]
プチデビルンの姉 Home Mail

しみず様、こんにちは。
愛らしい女学生だった頃、友人と台湾に行った際、スッチーの小姐が、隣に座る友人には日本語or英語で話しかけるのに、わたしには堂々と中国語で話すのが不思議でなりませんでしたが、どうやら、そんな体験をするのはわたしだけではないのですね。
その判断基準は何処にあるのか、一度台湾の皆様に問いただしてみたいです。

3月のこの時期は何故か寒くなるので、風邪を引きそう〜〜と、か弱いことを考えておりましたら、新疆って、寒いし乾燥しているし。。。知識としては承知しているつもりでしたが、数字で見せていただくと、凍えそうでした。
夏は過ごしやすそうですね。湿度地獄の日本から行くと天国なのだろうなあ。

天国荘主人さまがお教えくださった、BBCでドラマ化されたナルニア国物語の件ですが、DVDになって販売されており、ネットからなどでも手に入れることができるようです。ナルニア関係の様々な情報を提供してくれるサイトを発見しましたので、ホームページのところにリンクを貼らせていただきます。件のDVDのことも掲載されていましたよ。

ナルニアのことばかりで申し訳ございません。
今度は違うネタを仕入れてから参ります。
From: 2004/03/23 12:53

Re:台湾人も結局は人民なんでしょうね・・・ [339]
しみずゆりこ Home Mail

プチデビルンの姐さま、こんばんは。例の温泉合宿に行っていたもので、しばらくご無沙汰していてすみません。某M大使は大変(無駄に)お元気で、いつもの「はっはっは」笑いを満面にたたえながら、命のお水を飲んでいらっしゃいました。どうやら今年も廃墟を不法占拠なさるおつもりでいらっしゃる模様。某喫茶店に集合したついでに冷やかしに行ってもいいかもしれません。

台湾にしろ大陸にしろ、どこか「人民」な匂いをかぎ取ったとき、人民認定をするのでしょうね。この愛くるしく繊細な我々のどこが人民風なのか、首根っこをつかんで(或いは締めて)問いただしたい気分です。

ナルニア情報、どうもありがとうございました。どうもニコール・キッドマンは魔女ではないようですね。でも私はピーターよりエドマンドより魔女より、アスランの配役が気になっております。あれは本物のライオンを使うのか、はたまたCGなのか。着ぐるみだった日にはやっぱり火付けの旅に出たいと思っているのですが。

ではまた給料どろぼーしに来てくださいね。お待ちしております。
From: 2004/04/01 23:36


■ お詫び&お知らせ [341]
しみずゆりこ Home Mail

不寝板をご覧の皆様、ご無沙汰しております。管理人こと、しみずです。サイトでもめやす箱でも言い訳しておりますが、最近まで発表の準備にかかりきりであったため、こちらをチェックしておりませんでした。大変遅くなりましたが、本日ささやかながらレスをつけさせていただきましたので、ご覧下されば幸いに存じます。
From: 2004/04/01 23:53


■ おかえりなさい☆ [344]
みゆか Home Mail

しーさん、おかえりなさい☆ お元気そうで何よりです。

ここに書いていいのかな。
私は相変わらずです。OTAKU?(笑)
一つ変わったことといえば、ふりひらした服装を好んで着ていることくらいでしょうか……。
From: 2004/04/06 23:36

ただいま [345]
しみずゆりこ Home Mail

おお、みゆか様、こんなところまでようこそお越し下さいました。そちらこそお元気そうでなにより。

久しぶりにこっそりサイトにもお邪魔させてもらいました。今も好きなことに邁進している様子、何だか嬉しくなりました。大変だと思うので、体に無理をせず、頑張りすぎず。陰ながら応援してますね。

ではまたのお越しをお待ちしつつ。
From: 2004/04/08 23:04


■ 病院へ行こう! [348]
しみずゆりこ Home Mail

不寝板をご覧の皆様、こんばんは。しみず@管理していない人です。実は最近目の手術をして、治療に専念していたのです(と言い訳を始める)。

病名は「霰粒腫」(さんりゅうしゅ)。マイボーム腺がつまって、その分泌物が固まり、その周囲に起こった慢性肉芽性炎症・・・なんて専門用語だらけでわかりませんよね。ようはまぶたの中に、赤みも痛みもないぐりぐりができる目の病気で、ものもらいの後などにできるそうです。(かさぶたがまぶたの内側にできてしまった状態なのだそうです)

二ヶ月ほど前にできた後、町医者に行ったら放っておいても治ると言われたのですが、一向に治る気配がないので大きな病院に行ったところ、「あ、これは切るしかないですね」とあっさりいわれました。「麻酔を射って、瞼をべろっと裏返して、クリップみたいなモノでばちっと留めて、裏側からさくっと切ります」という大変簡潔且つ明確な説明を受けました。

で、当日。麻酔の前にまず四回ほど麻酔の目薬を差します。目薬をしたんだからもう痛くないはず。そう思いこんでいたら、「はーい、じゃあ麻酔を打ちますよ〜」という声が聞こえた後、いきなりブスブスブスっと針が目に入ってきました。うぎゃー。痛いです。詐欺です。その後、麻酔が効いた後は感覚はないのですが、ずっとチョキチョキチョキチョキ切ってる音がするのが嫌でした。植木か私はと。

手術自体はすぐ終わったのですが、何しろ瞼にブスブスブスっと麻酔を射たれ、べろっと裏返され、クリップみたいなモノでバチっと留められ、チョキチョキやられたものですから、腫れがひどい。しばらくは二重ものびきって、遮光器土偶みたいな目になった上、目尻に切開した血がたまって歌舞伎役者風になってしまい、表を歩けませんでした。しかも片目だから足下もおぼつかないし。

今は何とか人前に出られる顔になったのですが、そんなわけでネットからも遠ざかっていました。恐るべし、ものもらいです。早期に治療すれば大丈夫だそうですので(というか滅多にならないそうですが)、皆さんもものもらいになったら早めに医者に行ってください。

皆様にも痛さのお裾分けということで、手術をリポートしてみました。サイトの方も今日、更新しましたので、お暇な方はのぞいてみてください。ではでは。
From: 2004/04/28 23:16

生兵法はけがのもと [349]
かぷるん婆 Home Mail

ごぶさたしております しーさま

連休中はどこかへ優雅にお出かけかと思いきや、なんと闘病中でいらしたのですか!どうぞお大事になさって下さい。ものもらいが悪化すると、そんなになるとは、おそるべし。

手術の模様も伺うに痛々しく、なんだか自分のまなこまで痛くなってきました、あ、あいたたた。実はワタクシの母が以前重度のものもらいになった際、「ほらほら、見て、ひどいの〜」とべろりんちょと抜き打ちで患部を幼い娘に披露しやがりまして、それ以来、眼病にはかなりびびっております。。。

目の麻酔も、麻酔のための注射は痛いんですよね。「手術は痛くありませんよ〜」と騙される子羊患者。そして、麻酔が切れた後の激痛が…。しーさまはくりっぷばっちんちょきちょきという手術をされたということは、かなり術後痛んだのではないですか?

でもちょっとだけ、独眼竜で歌舞いているしーさまにもお会いしたかった気もするかぷるんばーでした。は、そうです、全快祝いに海鮮料理「トルファン」はいかがですか?私も5月半ばをすぎればイベント屋一時終了ですので、暇な時間が出来るはずです。イベントについてはwebサイトのところにこそっとCMしておきました。ご興味あればのぞいてみてください。

ではでは お大事に〜
From: 2004/05/07 20:48

もらいもの [350]
しみずゆりこ Home Mail

かぷるんばーさま、こんばんは。こちらにも書き込み、どうもありがとうござます。嬉しいです(^-^)

ご幼少のみぎりにお母様の患部を目撃なさったとのこと。実は他人様のものもらいを見たことがないのでわからないのですが、患部はどういう状態になっているのでしょう?瞼を裏返すともらったものがついているという感じなのでしょうか??

目の麻酔は痛かったです。それと目の前に針が迫ってくるのがオソロシイ。術後はですね、ちくちくちくちくと痛んだのですが、加えて痛み止めと化膿止めの薬のおかげで何だか胃が痛かったです。(非常に強い薬なのだそうです)

> でもちょっとだけ、独眼竜で歌舞いているしーさまにもお会いしたかった気もするかぷるんばーでした。

術後にガーゼにバッテンのテープを貼られ、気になるようでしたら売店で眼帯を買って帰ってくださいねと看護婦さんにすすめられたのですが、残念ながら黒い眼帯が売っていなかったので、何の恥じることがあろうかと威風堂々と帰りました。通行人の皆さんは目を背けていらっしゃいましたが・・・。

そして海鮮料理トルファン!ここに行かずしてどこに行こうというぐらい興味津々な場所です。是非、かぷるんばーさまとご一緒したいと思います。イベントHP、拝見しました。お忙しそうだと思っていたら、これの準備だったのですね。肩胛骨を担いでいる写真が印象的です・・・。お恥ずかしながらグアテマラに関してはほとんど知らないのですが、是非この機会に見聞を広めたいと思います。時間を見つけてお邪魔しますね。

長々としてしまいましたが、とりあえずお返事までに。またのお越しを心よりお待ち申し上げております。
From: 2004/05/08 23:12


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