| 71 ウルムチ行き、いいですね〜。 |
2002/02/08 12:53 |
| From:ゆきとしやげんじ
研究のためとはいえ、羨ましいです。
今後、注目されそうな地域ですよね〜。
ところで、東トルキスタンの広さを実感できないのですが、カシュガルとウルムチって、日本でいうとどのくらい離れてるんでしょうね?
僕は、福岡⇔大阪と福岡⇔ソウル、福岡⇔東京と福岡⇔上海、また福岡⇔札幌と福岡⇔北京が同じくらいの距離だと認識しているんですが、これって自分中心に物事を考えてるということですよね。でも、なんか分かったような気にさせられる(笑)。
さて、こないだテレビで、アフリカのセネガルで圧倒的支持を受ける“ムリッド教団”というイスラームについての特集番組を見ました。
そのリーダー(?)が“カリフ”を名乗っていたんですが、そのことがちょっと気になりました。
というのも、先日、何かの雑誌でイスラームに関するおびただしいマスコミ報道を再検討する、なんていうエッセーを立ち読みしたんですが、その中には現在“カリフ”というものは存在せず、したがって対外的ジハードは行われないだろう…、みたいな事が書いてありました。
で、テレビを観ながら、「あれ、あの記事って嘘が書いてあったのかなあ」と思った次第です。どうなんでしょう?
……て、別にそんなにマジメに考えてるわけじゃあないのですがね。
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| 73 ウルムチ−カシュガル間 |
2002/02/12 22:10 |
| From:しみずゆりこ URL:http://home.catv.ne.jp/dd/soulful/yultuz
やげんじ様、こんばんは。ごぶさたしておりまして、すみません。
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カシュガルとウルムチって、日本でいうとどのくらい離れてるんでしょうね?
カシュガルとウルムチ間は片道約1470キロあるので、日本で言えば東京−岡山往復ぐらいでしょうか。やげんじさんの「自分基準」で物事を考えてしまう気持ち、よくわかります。ただし新疆は自分の物差しが通じませんでした。いえ、ホントに。
大学時代、広島まで車で行ったことがあります。その時、車を積んだボロトラック(上り坂になるとアクセルべた踏みでも80キロしかでない)でも、岡山までは10時間かからなかったと思うのですが、ウルムチ−カシュガル間はバスで33時間かかります。当社比1.5倍。道は悪いわ、バスはボロイは、運転手は食べるわで、時間が全然読めません。いつかも、カシュガルからカルガリクに行こうとしたら、6時間でいけるはずが12時間かかりました。もっともその時は、バスから人が飛び降りるという事件があったからなんですけど。
ちなみに飛行機だと、1.5時間ぐらいです。ただ、それは飛行時間が短いと言うだけで、出発時間はまず遅れます。去年も3時間ほど遅れ、時ならぬ時にウルムチ空港に降ろされた私は、外で明け方まで星を見る羽目になりました。
というわけで、とっても遠いというのが正直なところです。長くなりましたので、いったん分けますね。 つづく。
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| 74 カリフについて |
2002/02/13 00:50 |
| From:しみずゆりこ URL:http://home.catv.ne.jp/dd/soulful/yultuz
先ほどは失礼しました。今後はカリフについて。トルコ共和国成立後もかろうじて存続してたカリフ制は、1924年に廃止が決議されました。最後のカリフ、アブデュルメジド2世は国外追放され、その時点で、正式なカリフはいなくなったことになります。従って、「現在“カリフ”というものは存在せず」というのは間違っていないと思います。では、何故ムリッド教団にカリフがいるのか?
初期にはイスラム共同体の政治的・社会的指導者であったカリフは、時代が下るとその支配権を失いますが、イスラム世界の首長としての権威だけは残ります。そのため、イスラム世界では、為政者がカリフを利用したり、あるいは権威付けのために自ら「カリフ」と勝手に称することもありました。オスマン帝国のスルタンも、国が傾きかけてから慌ててカリフを称するようになったと言われます。そのことから考えても、ムリッド教団のリーダーがカリフであるというより、権威付けのために、「カリフ」を名乗っているのではないかと思います。つまり、「自称」カリフ。ややこしいですね(^^;
ちなみにジハードにも「戦争ジハード」と「防衛ジハード」の2種類があります。このうち、「戦争ジハード」は、イスラム世界拡大のためのジハードであり、ムハンマドの後継者であるカリフしか指令できないそうです。(イスラム法でそう決まっているらしい)一方「防衛ジハード」というのは、侵略への対抗のためのジハードで、カリフの存在が無くても、異教徒がムスリムの土地を侵略した場合、それに対抗することが義務になるそうです。従って、今現在カリフがいない以上、ジハードが正当なものであるためには、それが「防衛ジハード」であることが証明されなければならないとか。パレスチナのムスリムの闘争は、(イスラム法学上)正当であることが認められているため、世界中のイスラム諸国が支援していますが、ツインタワーのテロの場合は、明らかに「防衛ジハード」ではないため、批判されているということのようです。
確かに最近、中央アジアを含めたイスラムに関心が高まっていますよね。一般的にイスラムというと、テロや原理主義といった画一的なイメージで見られがちですが、実際は非常に多様な世界だと思います。もちろん熱心なムスリムもいるけど、いいかげんなムスリムもいると。現にウイグル人の間では「お酒が飲めなければムスリムじゃない」という認識が一般的(?)ですし。中央アジアのムスリムに関わる研究者のはしくれとして、そういう生の姿を伝えていければいいなと思います。
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| 75 Re:カリフについて |
2002/02/13 12:38 |
| From:やげんじ
ありがとうございました。
さすが専門家!
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| 77 Re:カリフについて |
2002/02/16 07:41 |
| From:パラダイスラポール URL:http://www.uighur.jp
おはつです。原稿書きに疲れる新松戸パラダイス住人でございます。
「ムリッド」教団で「カリフ」って言葉を普通に考えるとタサッウフの相当する術語が連想されるのですが、見当違いかな。
以上思い付きの発言でした。
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| 81 最後のカリフについて |
2002/02/16 11:19 |
| From:かぷるんばー
こんにちは皆様。日雇い労働者のかぷるんばーです。今日もお仕事(しかしさぼり中)。
しみずさまが気にしていらしたので、オスマン朝カリフの最後についてちょっと補足します。第一次世界大戦敗戦後、トルコ大国民議会(現・トルコ共和国国民議会)は、1922年11月1日にスルタン・カリフ制をスルタン制とカリフ制に分離して、スルタン制を廃止します。(この場合、単純にスルタン=オスマン帝国の皇帝、カリフ=イスラム世界の盟主とお考え下さい)廃位されたスルタン・メフメット6世はマルタ島(当時イギリス領)へ亡命。新たにカリフに任命されたのは前スルタンの従弟にあたるアブデュルメジドで、彼が最後のカリフとなります。1924年3月3日にカリフ制もまた議会によって廃止され、同時にオスマン朝王族の追放も決定されたため、翌日彼はオリエント急行に乗ってトルコを去ったそうです。(亡命先は現在調査中です。先帝にならってやはりイギリスでしょうか?)ですから、「オスマン王朝の末裔」が現在でもいるはずです。1940年代にトルコ共和国への帰還も許可されたのではないかと思うのですが、夢うつつで聞いていた講義なのでアヤシイです。これも調べておきます。
王族の追放なんてどえらいことのように感じてしまいますが、日本でも50年ほど前に同じような事がおきた可能性はあるんですよね。もしそうであったら、宮内庁が必要ない。官庁をひとつ減らせましたね。聖域なき構造改革を目指すならいっちょ検討してみてはいかがでしょうか。>らいおんへあーのじゅんちゃん
・・・最後が与太話になりましてすいません。
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| 84 王家の末裔のゆくえ |
2002/02/17 20:20 |
| From:しみずゆりこ URL:http://home.catv.ne.jp/dd/soulful/yultuz
おお、次から次へと本当の専門家が。かぷるんばー様、大変詳しい書き込み、ありがとうございます。スルタン=カリフ制が別々に廃止されたとは知りませんでした。まずスルタン制、次いでカリフ制が廃止になったんですね。なるほど。オリエント急行に乗ってトルコを去るとは、何とも贅沢な・・・。着の身着のままではなく、財産が保証されていたとおっしゃってましたものね。オスマン王朝の末裔のこと、引き続き調査をお願いいたします。
王朝の末裔といえば、戦前「ウイグル人の王子」と結婚した日本人女性が、手記を書かれております。一体どこの王朝の流れを汲んでいるのかは不明。自称王子様なのでしょうか?
王族の追放。現在でも、もし皇室が某国のロイヤルファミリー化したら、ありえない話ではないと思います。あの国で続いているのも不思議。あれ(C王子)を見て、王子様はだめだ、やっぱりお殿様だと思った次第です。(ヨタ話返し)
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