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「コノ頃都二ハヤル物、阿片、強盗、黒イ雪」

こちらには、そんな末法の都、ウルムチに在りし日々の記録を書き付けておりましたが、帰国に伴い一旦終了。今は、当時の忘れ得ぬ思い出や、彼の地に住まうウイグル人および人民に関する雑感などを気まぐれに書きつづっているところです。

二条河原とは違い、お上を非難しようなどという気は露ほどもなく。愚にもつかぬ戯言と、お読み流しいただければ幸いです。なお、内容はすべてノンフィクションですが、文中に登場する人名は全て似て非なるものにしてあります。
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2006年6月18日 パラダイス・ロストの巻
今をさかのぼること8年前、旅人としてはじめて新疆に行った時のこと。自分で言うのも何ですが、私はそれはそれはモテル女でした。例えて言うならば「犬も歩けば棒に当たる」状態で、「やあ、はじめまして。ところでオレと結婚しない?」というライトなものから、「君を日本に帰したくない。このままここでボクと暮らしてくれ!」というディープなものまで、街を歩けば知り合うウイグル人男性ごとに結婚を申し込まれたものです。雨あられと降り注ぐプロポーズの言葉に、そんなこと言われても困るんだけどなーと思っていたぐらいでした。

(あ!待ってください。上の箇所だけを読むと、高慢ちきで鼻持ちならない勘違いバカ女のようですが、もう少し読んでいただければそんなことはないと言うことがおわかりいただけるかと。)

しかしその4年後、今度は留学生として彼の地に滞在することになった時。半年も過ぎた頃から、ふと自分が以前ほどモテなくなったことに気がつきました。男女を問わず、友達の数はどんどんと増えていきます。しかし、そうした知り合いから「結婚」の二文字が出てくることは珍しくなりました。さらに1年経ち、その傾向はますます強まっていったのです。(もちろん蓼食う虫も好き好きと言いますように、世の中には変わり者もたくさんいる訳ですが、今回の話の趣旨とはずれますゆえ)

「はて?」と私は思いました。誤解しないでいただきたいのですが、モテなくなったことは別にどうでもいいのです。むしろありがたかったぐらいです。ですが、その原因には興味を覚えます。目の前にある事象の背後に潜む原因を知りたくなってしまう。それが、端くれといえども研究者のサガ。「なぜだろう?」と私は考えました。二目と見られない醜女ではない(と自分では信じたい)ものの、決して美人でもないこわもては4年前とそう変わっていません。多少トウが立ったとはいえ、誤差(?)の範囲です。背を高くする薬を飲んだに違いないと人民に疑われる身長も、当然ながら4年前のままです。髪は若干伸びたので、むしろウイグル人好みになったはず。ウイグル語のスキルも格段にアップしたので、コミュニケーション能力は以前よりずっと高まって来ています。それなのになぜ?

だいたい人間というものは、暇を与えるとロクなことを考えない生き物です。私もご多分に漏れず、この下らない命題について一生懸命考えました。考えて、考えて、夜も眠りながら考えて、ついに「エウレカ!」と思いついた結論。それは「ウイグル語ができるようになった」ということでした。

実のところ、 初めて現地に行った時は、私のウイグル語のレベルはそれはひどいものでした。せいぜいあいさつ程度が関の山で、ヒアリングは全然ダメ。従って、少しでも複雑な会話になると、相手の言っていることがわからない。自分の言いたいことが伝えられない。 「言葉がなくても分かり合える」とはよく聞くことですが、それは単なる幻想にすぎません。目と目で通じ合えるのは、高度に訓練されたエスパーか、あるいは複雑なことは何も考えていない、恋という熱病に今まさに浮かされている男女ぐらいのもの。一般人である我々は、いくら涙目で訴えても、このトイレは私が詰まらせたのではない!と言う簡単なことすら相手に理解させることはできません。言葉ができなければ何もできない。何もわかってもらえない。そういう意味で、当時の私は完全無欠なる無能力者でした。しかし、今にして思えば、その何にもできないところが思わぬ作用をもたらしていたようです。

思い返せば、8年前の私は実に可愛い女でした。顔かたちではなく、いわゆるかわいげのある女だったという意味です。どこかに行こうと言われれば「ええ」と言い、電話していい?と問われれば「もちろん」と答え。ラグマンをごちそうしてあげると言われれば「ありがとう」とにっこり笑い、「おいしい!」「ごちそうさま」と言いながら、残さずお皿を平らげる。選択をする場面では「私よくわからないの。だからあなたの提案に従うわ」と言う感じでお任せし、行動するときには「一人じゃ不安だわ。あなただけが頼りなの」と言わんばかりに、控えめに3歩下がってついて行く。そしていつでも笑顔、笑顔、笑顔・・・。

お人形さんのように言われるままだったのは、ただ単に自分の意見を表明しうるだけのボキャブラリーがなかったからで、いつも笑顔だったのは、わからないことをやむなく笑ってごまかしていたにすぎないのですが、それがウイグル人男性にしてみれば、しとやかで控えめな理想の大和撫子に映ったのでしょう。おまけにバックには偉大なるジャパン・マネーの後光が!これでは惚れない訳がありません。結婚だって申し込むでしょう。

しかし4年後。現地に住み、周り中誰一人として日本語はおろか英語すら解さないという過酷な環境に身を置くようになると、ウイグル語の運用能力は否応なしに伸びていきました。基本的なヒアリング・スピーキングはもちろんのこと、ウイグル人とのおつきあいには欠かせないややブラックなジョークや歯の浮くような褒め言葉もマスターしました。時にはチクリと皮肉を言ってみたり、怒ったときには下品にならない程度に文句を言うことも可能です。ウイグル語の上達によって何が変わったのか?言葉ができるということは、自由になるということです。それまで言葉がわからないがゆえにできなかったことが、他人の力を借りずともできるようになります。それゆえ、自分では特に意識していませんでしたが、結果的に見れば「ノー、サンキュー」と言う場面がかなり増えたように思います。

それは例えばこんな感じ。どこかに行こうと言われれば「いいわよ、でも予定が合えばね」と言い、電話していい?と問われれば「もちろん。ただ夜11時以降はやめてね。寝不足はお肌に悪いから」と答え。ラグマンをごちそうしてあげると言われれば「ありがとう。でも今おなか一杯なの」とにっこり笑い、「じゃまた今度ね」「今度?神様の思し召しがあったときかな」と言いながら、影も形もなく消え失せる。選択をする場面では「私はこうするわ。あなたはどうぞご随意に」と自分の意見をはっきりと言い、行動するときには「一人が好きなの。ついて来てくれなくてもいいわよ」と、肩で風を切って歩く。

私にとっては、自分の意思を表明でき、他人に頼らず甘えず、自分のことをできるようになったので、これは多大なる進歩であると感じていたのですが、ウイグル人男性にとっては、意思疎通の不足から生じる美しい誤解の存在する余地を奪ってしまったという点で、大きなビハインドとなったようです。平たく言えば、「オレが守ってやらなきゃだめな女」は、実は世に言う「一人で生きていけそうな女」だったことがわかってガッカリと言ったところでしょう。かくして、無知で無力なるが故に愛されていた女は、ウイグル語という禁断の果実を口にしたがために、もはや(男の頭の中の)パラダイスに住まうことを許されなくなってしまったのでした。嗚呼。

ウイグル人男性に限らず、やはり世の多くの男性は、自立心の強い女性より、にっこり笑ってほほえんで、自分の後をついてきてくれるような女性にぐっとくるものなのでしょうね。それはわかります。私が男だったとしても間違いなくそう思うことでしょう。しかし、わかったからといってどうにもならないのが人のサガというもの。男性の力強い翼の下に守られ、大きな安心に包まれることを幸せと思う人もいますが、私にとっての幸せは、危なっかしくても自分の翼で羽ばたき、前に進むことなのです。例え行く手にあるものが嵐であったとしても。もしかすると、私は男の肋骨から創られたのではなく、男と同じように土から創られ、服従を嫌って自ら楽園を飛び出した女の裔なのかもしれません。筋金入りのあまのじゃくなことですし。だとしたら、たんすの向こうの国を千年の長きにわたって氷づけにした白い魔女とも遠縁関係に当たる訳で。道理で冷たい冷たいと言われるはずだと一人得心した次第です。

話がそれました。上記の考察を通して、私がモテなくなった訳がよく理解できました。と同時に、楽園回帰への道がない訳でもないということもわかったのですが、正直全然困っていないので、まあこのままでもいいかなと。やはり人には向き不向きというものがありますし。なので、かくなる上は、さらなる高みを目指し、彼らに恐れおののかれる存在になってやろうと思ったのが4年前。今も着々と覇業を成し遂げつつあるのでした。

以上、モテることとウイグル語の上達が反比例の関係にあると言うことがおわかりいただけたでしょうか。ちなみに、モテなくなったのはウイグル語のせいじゃなく、本性がばれただけじゃないのかという無粋なつっこみはなしでお願いします。私と同様に難儀な性格をしていながら、ウイグル人男性にもモテたいという欲張りな淑女諸君。現地に赴かれる際は、にっこり笑って言葉少なにしているのがよろしいかと存じます。末尾ながら、管理人からのアドバイスでした。

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