探しもの・上
よく晴れた休日。
行き交う人々の中で。
私たちは時折、小走りになりながら、辺りを見回していた。
買い物や食事に行くのだろうか、老若男女問わず、様々な人々が楽しげに通り過ぎ、
時には不思議なものでも見るように、私達を振り返っている。
確かに私たちの姿は、異様なものだったかもしれない。
雑踏の中で、どこに行く訳でもなく、ひたすら探しものをしている。
それも、どこにあるのか皆目分からないものを。
この場所で失くしたという訳ではない。
それよりは、ここを通る誰かが、私達の探しものの行方を知っているかもしれない。
そんな期待の方が、まだ大きかった。
それも、これだけの人ごみと知るまでは・・・だが。
何を探せばいいのか、誰を見つければいいのか。
全く分からないのに、ただ、探さなければと言う義務感だけで動くことに、私は密かに飽き飽きしていた。
そっとため息をつきながら振り返ると、
スラリとした長身のために人より頭一つ分飛び出しているシダが、
優雅な身のこなしで人をよけながら、私より広い範囲を見渡している。
そしてその奥には、全ての発端となった一人の男が
血眼と言う言葉のままに、駆け回っていた。
地面や建物の裏まで、くまなく探しているかと思うと、
道行く人々の姿を一つ一つ確認し、時には体ごと迫る勢いで声をかける。
そしてまた、一度は探したはずの場所を丁寧に調べ始めるのだ。
さすがに彼の周辺は、ぽっかりとあいたように人がいない。
尋常ではない、その様子に、皆、避けて通るのだろう。
「本当に、ここに何か手がかりがあるんですか?」
後ろから近づいた私に、彼は一瞬だけ驚いたような表情を見せたが。
「きっと、ここに何かあるはずです。それしか考えられない!!」
勢い余ってだろうか、私の腕を凄まじい力で掴み、そしてまた
一時中断していた探しものを再開する。
彼には何を言っても無駄かもしれない。
けれど、このまま闇雲に探し回って、見つけることができるのだろうか。
私は半分呆れながら、すぐ傍に近づいてきたシダを見上げる。
「あの男の話を、もう一度、聞き直した方が良いかもしれない」
「そうですね、あの時は随分、興奮しているようでしたから」
ゆったりと微笑むシダを見ていると、私一人が根を上げているようで。
ばつの悪い思いをしながら、私は先ほどからずっと言いたかったことを口にした。
「お前は本当に、私達でどうにかなる問題だと思っているのか?」
「さあ、どうでしょう」
「だいたい、私達は探偵でも何でもないんだ」
「そうですね。でも、いつも言っているでしょう・・・・」
「ああ、分かった。もういい」
シダの言葉を遮って、私は再び、問題の男に視線を移した。
少し遠くへ行ってしまった彼だが、この人ごみの中でも簡単に見つかる。
それ程に、異様な空気が流れていた。
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その男が私達のところへ飛び込んで来たのは、ほんの先ほどのこと。
いつものように、朝食後にシダの淹れてくれるお茶を飲んでいると
けたたましい呼び鈴と、力任せにドアを叩く音と共に、彼はやって来た。
倒れこむように入ってきた彼を見て、ただ事ではないことはすぐに分かった。
しかし彼は、とてもまともに喋れるような状態ではなく、
状況を聞きだすには、しばらくかかったのだ。
居間に通し、シダの淹れたお茶で、ようやく落ち着いた彼の話は、また奇妙なものだった。
「ずっと大切にしていた人形が、なくなってしまったんです」
「なくなった?」
「ええ、昨夜までは確かにあったのに。今朝見たら、なくなっていたんです」
何を聞いても、そればかりで、ほとんど要領を得ない。
居ても立ってもいられない様子の彼を宥めながら、何とか聞き出した話を総合する。
彼は一人暮らしで、数年前に手に入れた等身大の少女人形を溺愛しているらしい。
人形のために部屋を作り、たくさんの服や宝石で飾り、それは大切に慈しんでいたようだ。
その人形が、今朝、突然なくなっていた。
夜には確かに閉まっていた窓が開いていて、庭にはかすかに足跡が残っていたと言う。
「盗難事件と言うことなら・・・」
暗に、私達を頼るのはお門違いだと言おうとしたのだが、彼は全く分かっていない。
ひたすら、その人形は自分の運命の相手だとか、生きる理由そのものだと
恐ろしいほどの形相で語っていた。
私は困って、隣に控えているシダを振り返る。
シダはいつもと同じ、穏やかな笑みを浮かべていた。
私達のもとへ来る人は、私達を必要としている人。
そして私達が必要としている人。
たとえまったくの偶然と思えても、全ては決められたことです
私はシダの口癖を思い出し、ため息をつく。
この男の依頼を断ることなど、まったく考えてもいないのだろう。
to be continued
| 無駄に長くなってしまったので 上下に分けました。 ほとんど書いてあるので、続き もすぐにUPできそうです。 それにしても、ようやくシダに、 まともな出番が・・・(苦笑) |